家の近所で食べる昼ごはん(昼夜兼用ごはん)はコレ
メニューっていうものは特になくて、ウガリか米が選べるだけ。
こっちの人たちは毎日同じものばかり食べているような気がする。
飽きないのかな?と思うけれども、気にしていない様子だ。
日本には数えきれないほどの料理があって、食材や調味料が豊富。
味付けも多種多様で、季節に関係なくいろんな野菜や果物も食べられる。
こっちは、その野菜や果物の季節が終われば市場から消え、
また新しい食材が並んでいく。
日本って、いい国なんだなって思った。
日本で働いていたときは、コンビニやスーパーで同じようなものばかり買って食べていたけれど、
今は、日本に帰ったらいろんなものを食べたい! と思うようになった。
人生の楽しみ方というか、そういうのがちょっとずつわかってきているのかもしれない(笑)
2012年11月10日土曜日
2012年11月9日金曜日
まだまだこれから
「タンザニアの人のために自分ができる事ってなんだろう?」
国際協力をするためにこの国へ来ている立場としては、自分なりの答えを持っていなきゃいかんのかもしれないが、
実はこの疑問に対して答えはまだ見つかっていない。
「そもそも、彼らは本当に困っているのだろうか?」と考えてしまう。
授業がしっかりとなされていない現状があったり、
出席率が非常に低かったり、
自学できる環境が整っていなかったり、
教師の授業が分かりにくかったり、
進学するお金が家になかったり・・・etc
日本と比較してたくさんの課題を見つけることができる。
でも、彼らが「それでも別にいいんじゃない?」と思っていて、生活が成り立っているのなら
それでいいのかもしれないと思うのだ。
貧しくても日々楽しく、挨拶や会話など知人との関わりを大切に生きているタンザニア人にとって、
効率的で勤勉な日本の働き方や勉強の仕方を教え込むことって、どうなのだろうか?彼らに合うのか?
分からない、というのが正直な所・・・
彼らが自ら進んで「それいいね。真似したい。」って思ってもらえるような事でないと、取り入れてもらうことは難しいのだろうと思う。
日本とタンザニアの違いに日々頭を悩ませたり、時々イライラしてしまうこともあるけれど、
こちらにはこちらの、長い歴史を持つ文化があるのだから、
自分もこの地で、働き方や生き方を勉強をさせてもらうくらいの気持ちでい続けたいと思う。
たくさん話して、たくさん関わっていく中で、彼らのニーズを見つけていきたい。
学校に勤めて2か月が経ったが、まだまだ「観察」の期間にいる。
2012年11月8日木曜日
貴重な経験
昨日は、タンザニア大使と、ムトワラ地区のボランティアとで一緒に食事をする予定だったのだけど、
急きょムトワラの県知事や教育大臣なども含めて「たくさんの偉い人達との」食事会に変更となった。
「こんな所に自分がいていいのだろうか?」とも思ったけれども、こうなったもんはしょうがない!
ということで、すごく貴重な経験(?)をさせてもらった。
さて、ボランティア同士で集まって話をする時とはちょっと違って、やっぱり「日本とタンザニア」や「日本とアフリカ」のように、大きな話になった。
来年(2013年)に横浜でアフリカ開発会議(TICAD)※が開催されるが、それに向けて「日本がタンザニア(アフリカ)の人達に喜んでもらうには何をすればよいか」というのを考える必要があるそうだ。
※日本政府が国連、世界銀行等と共催するアフリカの開発をテーマとする国際会議
・・・話を聞きながら、「そうなんだ~!知らなかった、面白い!」
と思う部分がすごくたくさんあった。
ただ実際、それらは中学や高校、日常生活でも勉強できた知識だったと思う(恥ずかしい話だが)。
なぜ自分にその知識がなかったのか・・・
それはかつての人は「興味がなかったから」、「暗記科目が苦手だったから」という原因だろう。
でも今は違う。「興味がある」し「暗記は苦手じゃなくなった」から、
人に比べて遅いかもしれないが、これから知識を増やしていけるはずだ。
知識は知識のまま頭の中にあるんじゃなくて、物事を考える時の材料になってくれて、
間違いなく自分の幅を広げてくれるものなんだって、今では思える。
「知識」は「テストの点を取るために苦痛とともに一時的に頭に詰め込むもの」ではないのだ。
さて、知識のない自分ではあるが、外交の話は一見難しいけれども
結局「国」と「国」との関係も「人」と「人」との関係なんだなって感じた。
相手がどう思うか、周りの人がどう思うか、っていうのがすごく重要なのだ。
だから相手のことをよく知る必要があって、そのためにはその国に行ったり、
話をしたり、先入観をなくして相手を尊重することが大切。
・・・なんだかまとまらない。他にもたくさん、勉強になることがあった。この機会をいただけたことに感謝したい。
急きょムトワラの県知事や教育大臣なども含めて「たくさんの偉い人達との」食事会に変更となった。
「こんな所に自分がいていいのだろうか?」とも思ったけれども、こうなったもんはしょうがない!
ということで、すごく貴重な経験(?)をさせてもらった。
さて、ボランティア同士で集まって話をする時とはちょっと違って、やっぱり「日本とタンザニア」や「日本とアフリカ」のように、大きな話になった。
来年(2013年)に横浜でアフリカ開発会議(TICAD)※が開催されるが、それに向けて「日本がタンザニア(アフリカ)の人達に喜んでもらうには何をすればよいか」というのを考える必要があるそうだ。
※日本政府が国連、世界銀行等と共催するアフリカの開発をテーマとする国際会議
・・・話を聞きながら、「そうなんだ~!知らなかった、面白い!」
と思う部分がすごくたくさんあった。
ただ実際、それらは中学や高校、日常生活でも勉強できた知識だったと思う(恥ずかしい話だが)。
なぜ自分にその知識がなかったのか・・・
それはかつての人は「興味がなかったから」、「暗記科目が苦手だったから」という原因だろう。
でも今は違う。「興味がある」し「暗記は苦手じゃなくなった」から、
人に比べて遅いかもしれないが、これから知識を増やしていけるはずだ。
知識は知識のまま頭の中にあるんじゃなくて、物事を考える時の材料になってくれて、
間違いなく自分の幅を広げてくれるものなんだって、今では思える。
「知識」は「テストの点を取るために苦痛とともに一時的に頭に詰め込むもの」ではないのだ。
さて、知識のない自分ではあるが、外交の話は一見難しいけれども
結局「国」と「国」との関係も「人」と「人」との関係なんだなって感じた。
相手がどう思うか、周りの人がどう思うか、っていうのがすごく重要なのだ。
だから相手のことをよく知る必要があって、そのためにはその国に行ったり、
話をしたり、先入観をなくして相手を尊重することが大切。
・・・なんだかまとまらない。他にもたくさん、勉強になることがあった。この機会をいただけたことに感謝したい。
2012年11月6日火曜日
支援物資!!
今日は・・・日本の実家から支援物資(?)が届いた!!!
日本を出発して2週間の旅を経て、無傷(じゃがりこ以外)で我が家へ到着したのだ。
途中でなくならなくてホントに良かった。ラッキー。
もう、ぜ~んぶ欲しいものだったから、
「やった~!!!(>_<)」
って感じ。
郵便局に荷物を受け取りに行ってから、家に帰って箱を開けるまで
クリスマスプレゼントをもらう時くらいドキドキしてたし、
入っているものをひとつひとつ取り出すたびに「ありがとう~(>_<)」って思った。
初めてケータイ、車を持った時より嬉しかったかなぁ(笑)
たくさん送ってくれた。「あ~、これはいらないな」って物は一つもなかった!!
Tシャツ・・・(日本製は肌触り、通気性共に抜群)
ヒートテック・・・(山登りのときに使用できる)
クリアホルダー・・・(ちょっとした紙をまとめられるのは便利)
消毒薬・・・(キャップ式で使いやすい)
バンドエイド・・・(いくらあっても重宝する)
黒板消し・・・(こっちでも買えるけど、すぐ壊れる)
靴下、パンツ・・・(手洗いでゴシゴシやると、ヨレヨレになる)
うちわ・・・(炭火を起こすときは絶対日本のうちわ!!)
ふりかけ・・・(毎日の同じ味に変化を与える)
おかゆ・・・(お腹を壊した時の食べ物)
サプリメント・・・(カルシウム。こちらでは摂取しずらい。)
インスタントラーメン・・・(外に出るのもおっくうなときに、手軽においしいもの)
スナック菓子・・・(こういうの、こっちにはないんだ(>_<))
クレヨン・・・(教材作りに使おう)
マヨネーズ・・・(小分けになってるやつ。このまま食べてやろうかな)
コーヒー粉・・・(私は断然日本のコーヒー派)
ミルクティー粉・・・(コーヒーとの2択を楽しめる)
あめちゃん・・・(頑張ってくれた子供にあげようかな)
下敷き・・・(欲しかった!ノートを破らずに書ける)
海苔(のり)・・・(何に使おうかな、想像が膨らむ)
焼き鳥の缶詰・・・(うれしすぎる)
ドライソーセージ・・・(絶対すぐ食べちゃう)
ビーフジャーキー・・・(とりあえず一口食べてしまった)
カレーのルー・・・(みんなでカレーを作って食べれる)
レトルトカレー・・・(忙しかったり、おいしいものを食べたいときにはコレ)
パックに入ったご飯・・・(開けたらすぐ日本のおいしいご飯が食べられるなんて・・・!)
お米・・・(日本の米は間違いなくおいしい。やっぱりこっちのご飯は・・違う(>_<))
味噌汁の素・・・(ときどき飲みたくなるから、うれしい)
音楽データを入れたUSB・・・(これで音楽が聞ける♪)
そして何より、近況が書かれている家族からの手紙と、家族の写真
最近、こちらの生活に慣れてきていたのだが、
やっぱり自分は日本人なんだということをちゃんと思い出した。
タンザニア人になっていくんじゃなくて、
「日本人として」、タンザニアでできることをしていこうと思った。
ほんとに感謝感謝。明日からまたがんばれる。
日本を出発して2週間の旅を経て、無傷(じゃがりこ以外)で我が家へ到着したのだ。
途中でなくならなくてホントに良かった。ラッキー。
もう、ぜ~んぶ欲しいものだったから、
「やった~!!!(>_<)」
って感じ。
郵便局に荷物を受け取りに行ってから、家に帰って箱を開けるまで
クリスマスプレゼントをもらう時くらいドキドキしてたし、
入っているものをひとつひとつ取り出すたびに「ありがとう~(>_<)」って思った。
初めてケータイ、車を持った時より嬉しかったかなぁ(笑)
たくさん送ってくれた。「あ~、これはいらないな」って物は一つもなかった!!
Tシャツ・・・(日本製は肌触り、通気性共に抜群)
ヒートテック・・・(山登りのときに使用できる)
クリアホルダー・・・(ちょっとした紙をまとめられるのは便利)
消毒薬・・・(キャップ式で使いやすい)
バンドエイド・・・(いくらあっても重宝する)
黒板消し・・・(こっちでも買えるけど、すぐ壊れる)
靴下、パンツ・・・(手洗いでゴシゴシやると、ヨレヨレになる)
うちわ・・・(炭火を起こすときは絶対日本のうちわ!!)
ふりかけ・・・(毎日の同じ味に変化を与える)
おかゆ・・・(お腹を壊した時の食べ物)
サプリメント・・・(カルシウム。こちらでは摂取しずらい。)
インスタントラーメン・・・(外に出るのもおっくうなときに、手軽においしいもの)
スナック菓子・・・(こういうの、こっちにはないんだ(>_<))
クレヨン・・・(教材作りに使おう)
マヨネーズ・・・(小分けになってるやつ。このまま食べてやろうかな)
コーヒー粉・・・(私は断然日本のコーヒー派)
ミルクティー粉・・・(コーヒーとの2択を楽しめる)
あめちゃん・・・(頑張ってくれた子供にあげようかな)
下敷き・・・(欲しかった!ノートを破らずに書ける)
海苔(のり)・・・(何に使おうかな、想像が膨らむ)
焼き鳥の缶詰・・・(うれしすぎる)
ドライソーセージ・・・(絶対すぐ食べちゃう)
ビーフジャーキー・・・(とりあえず一口食べてしまった)
カレーのルー・・・(みんなでカレーを作って食べれる)
レトルトカレー・・・(忙しかったり、おいしいものを食べたいときにはコレ)
パックに入ったご飯・・・(開けたらすぐ日本のおいしいご飯が食べられるなんて・・・!)
お米・・・(日本の米は間違いなくおいしい。やっぱりこっちのご飯は・・違う(>_<))
味噌汁の素・・・(ときどき飲みたくなるから、うれしい)
音楽データを入れたUSB・・・(これで音楽が聞ける♪)
そして何より、近況が書かれている家族からの手紙と、家族の写真
最近、こちらの生活に慣れてきていたのだが、
やっぱり自分は日本人なんだということをちゃんと思い出した。
タンザニア人になっていくんじゃなくて、
「日本人として」、タンザニアでできることをしていこうと思った。
ほんとに感謝感謝。明日からまたがんばれる。
2012年11月5日月曜日
腸チフス・・・?
2、3週間前にお腹を壊したが、今ではすっかり治ったので「よかったよかった。」
と安心していたのだが、
お腹を壊す前に一緒にご飯を食べた韓国から来ているボランティア(KOICA)の人が、
腸チフス
にかかっていたということが分かった。
「腸チフス」とは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<症状>
約7日~21日の潜伏期間の後、38~40℃の発熱が出現します。頭痛、寒気、身体のだるさを伴いやすく、腰痛、背部痛が出る事もあります。下痢、食欲不振、吐き気、嘔吐といった症状は少なく、むしろ、便秘傾向になりがちです。発熱は40℃以上に上がる時もあります。また、夜間に高熱で、朝には下がるのは比較的特徴的な熱の出かたです。発熱する前に、風邪様症状、軽い食中毒様症状が出る場合もあります。その他、特徴的な症状として、高熱のわりに脈拍数が少ない(毎分100回以下)、脈が規則的でなく、乱れる(多いと毎分10回、脈が途切れる)、脾臓がはれる、胸、お腹、背中に直径2~5ミリメートル程度の、ピンク~紅色の発疹(バラ疹:熱が高い時に出現し、数時間で消える)の出現があります。発熱以外の症状を殆ど伴わない事がありますが、これも腸チフスの一つの特徴と言えるかと思われます。約5%の確率で脳・髄膜炎を合併すると考えられております。
<経過>
治療を行わないでも、3~4週間で回復しますが、2~3週目に腸に孔があいたり、腸出血などの合併症が15~20%程度で出現し、死にいたる場合があります。また、再発したり、慢性のチフス菌保菌者になる事もあります。腸チフスに一度罹ったら抗体という抵抗力ができますが、この抗体はチフス菌が存在しない地域(日本等)での生活を続けますとなくなります。抗体がなくなるまでの期間には個人差がかなりありますので、一度罹ったから大丈夫だとは言えません。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「外務省:世界の医療事情 各論1 腸チフス」より」
えぇぇ~!もしもコレにかかってたとしたらどうなのだろう。
・・・たまたま重症にならなかっただけ?(もしくは死ななかっただけ?)
・・・症状がなくても菌は体の中にいるの?
・・・菌を日本に持って帰ったら隔離されちゃうの?
不安がぐるぐると頭をよぎり、
心配になって病院を受診した。こちらに来て初めての受診である。
まずはマラリアの検査から始まった。
さすがはアフリカである。一番に疑われるのはマラリアなのだなと思った。
今回は「陰性」・・・まぁ、熱はなかったし、予防薬も飲んで蚊対策しっかりしてるから当然。
次はバクテリア検査。検便をして結果を待つ。
しばらくして検査担当の人から渡された結果用紙に、
「+++」
と書かれていた。
・・・・プラス?陽性ってこと?
と冷や汗をかきながらドクターの部屋へ行った。
ドクターいはく
「マラリアではない。そして・・・バクテリアもいない。帰っていいよ。」
あぁ~、よかった!ひとまず安心。
結局ただの食あたりだったのだろうか。
・・と思ったが、よく思い出してみると、我々日本から来たボランティア(JICA)は、以前に腸チフスの予防接種を受けていたのである。
予防接種のおかげで防げたのかもしれない。それにしてもJICA、さすがだなぁ。感謝感謝。
と安心していたのだが、
お腹を壊す前に一緒にご飯を食べた韓国から来ているボランティア(KOICA)の人が、
腸チフス
にかかっていたということが分かった。
「腸チフス」とは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<症状>
約7日~21日の潜伏期間の後、38~40℃の発熱が出現します。頭痛、寒気、身体のだるさを伴いやすく、腰痛、背部痛が出る事もあります。下痢、食欲不振、吐き気、嘔吐といった症状は少なく、むしろ、便秘傾向になりがちです。発熱は40℃以上に上がる時もあります。また、夜間に高熱で、朝には下がるのは比較的特徴的な熱の出かたです。発熱する前に、風邪様症状、軽い食中毒様症状が出る場合もあります。その他、特徴的な症状として、高熱のわりに脈拍数が少ない(毎分100回以下)、脈が規則的でなく、乱れる(多いと毎分10回、脈が途切れる)、脾臓がはれる、胸、お腹、背中に直径2~5ミリメートル程度の、ピンク~紅色の発疹(バラ疹:熱が高い時に出現し、数時間で消える)の出現があります。発熱以外の症状を殆ど伴わない事がありますが、これも腸チフスの一つの特徴と言えるかと思われます。約5%の確率で脳・髄膜炎を合併すると考えられております。
<経過>
治療を行わないでも、3~4週間で回復しますが、2~3週目に腸に孔があいたり、腸出血などの合併症が15~20%程度で出現し、死にいたる場合があります。また、再発したり、慢性のチフス菌保菌者になる事もあります。腸チフスに一度罹ったら抗体という抵抗力ができますが、この抗体はチフス菌が存在しない地域(日本等)での生活を続けますとなくなります。抗体がなくなるまでの期間には個人差がかなりありますので、一度罹ったから大丈夫だとは言えません。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「外務省:世界の医療事情 各論1 腸チフス」より」
えぇぇ~!もしもコレにかかってたとしたらどうなのだろう。
・・・たまたま重症にならなかっただけ?(もしくは死ななかっただけ?)
・・・症状がなくても菌は体の中にいるの?
・・・菌を日本に持って帰ったら隔離されちゃうの?
不安がぐるぐると頭をよぎり、
心配になって病院を受診した。こちらに来て初めての受診である。
まずはマラリアの検査から始まった。
さすがはアフリカである。一番に疑われるのはマラリアなのだなと思った。
今回は「陰性」・・・まぁ、熱はなかったし、予防薬も飲んで蚊対策しっかりしてるから当然。
次はバクテリア検査。検便をして結果を待つ。
しばらくして検査担当の人から渡された結果用紙に、
「+++」
と書かれていた。
・・・・プラス?陽性ってこと?
と冷や汗をかきながらドクターの部屋へ行った。
ドクターいはく
「マラリアではない。そして・・・バクテリアもいない。帰っていいよ。」
あぁ~、よかった!ひとまず安心。
結局ただの食あたりだったのだろうか。
・・と思ったが、よく思い出してみると、我々日本から来たボランティア(JICA)は、以前に腸チフスの予防接種を受けていたのである。
予防接種のおかげで防げたのかもしれない。それにしてもJICA、さすがだなぁ。感謝感謝。
2012年11月1日木曜日
co.tz
パソコンをしていると、アドレスで、
~~~~co.jp
というのをよく見るが、この「シーオードットジェイピー」の、
「jp」って「ジャパン」だって知ってた?
・・・え?知ってたって?そうかぁ・・・自分は知らなかった(汗)
こちらタンザニアでは「co.tz」なのだ。「tanzania(タンザニア)」だから。
ちょっとした驚きだった。
~~~~co.jp
というのをよく見るが、この「シーオードットジェイピー」の、
「jp」って「ジャパン」だって知ってた?
・・・え?知ってたって?そうかぁ・・・自分は知らなかった(汗)
こちらタンザニアでは「co.tz」なのだ。「tanzania(タンザニア)」だから。
ちょっとした驚きだった。
カレンダー用の写真
タンザニアへ派遣されている隊員の写真を載せたカレンダーを、一年ごとに発行しているらしい。
なので、そのカレンダーに載せる写真が1枚必要になった。
・・・何を撮ろうかな、と考えたのだが、
自分の場合、この協力隊生活を象徴するのは間違いなく
「家の周りのガキンチョたち」
だと思う。いい思い出も、苦い思い出もたくさんある。
ということで、彼らと写真を撮ろうと思って声をかけ、
カメラを三脚にセットし、我が家をバックに撮影。
なかなか言うことを聞いてくれず、タイミングがずれたりカメラがずれたり・・・
(写っている子供たちの他にも、10人くらい子供がいる)
この機会に撮れたのはよかった。
日々生活していると彼らの存在は当たり前になっていて、
わざわざ写真を撮ろうとは思わなかったからだ。
彼らとの生活は、まだまだ続く・・・。
なので、そのカレンダーに載せる写真が1枚必要になった。
・・・何を撮ろうかな、と考えたのだが、
自分の場合、この協力隊生活を象徴するのは間違いなく
「家の周りのガキンチョたち」
だと思う。いい思い出も、苦い思い出もたくさんある。
ということで、彼らと写真を撮ろうと思って声をかけ、
カメラを三脚にセットし、我が家をバックに撮影。
なかなか言うことを聞いてくれず、タイミングがずれたりカメラがずれたり・・・
(写っている子供たちの他にも、10人くらい子供がいる)
この機会に撮れたのはよかった。
日々生活していると彼らの存在は当たり前になっていて、
わざわざ写真を撮ろうとは思わなかったからだ。
彼らとの生活は、まだまだ続く・・・。
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